田舎の超優良安定企業に就職するも1つの映画が人生を変えた激動営業マンの話

タカさんはデジタルマーケティングやウェブの広告代理店をしている会社で働いています。

そんな営業4.0実践ゼミメンバーにインタビューしてきました。

登場人物

 営業4.0実践ゼミ部長 ささだ

 熊本愛にあふれる タカさん

地元愛から熊本JAに就職も、転職の先に波乱万丈のストーリーが待っていた

 

 今日の取材のテーマは、メッセージで送った通りで、メンバー紹介のためのインタビューです。なので、タカさんがどのような人なのかを発信したいと思っています。早速、簡単に経歴と自己紹介をお願いします。

 

 熊本県の大学を卒業後、まずは熊本県のJAに就職しました。そのときは、地元愛がありまして、地元で公務員になろうと思って地元の大学に進んでいたので。

 もともと、そうだったんですね。

 そうです。ずっとバスケットボールをしていて、中学、高校、大学まで特待で進んだので、やりたい仕事もなく、両親の親戚が公務員家系だったこともあり、自分も公務員になるんだろうなと思いながら、大学生活を送りました。

 周りが公務員だったから。

 そうですね。環境のせいにするのは良くないですが、自分の中で正解はそれだと勝手に決めつけていたところがあって、なので就職活動も県内でしかやっていないです。

 では、本当に地元愛に溢れていたんですね。

 田舎の典型的な考え方で。

 よくある感じですね。

 運よくJAに受かったのですが、普通の街で見かける県の連合会のJAではなく、組織図的には上の組織に入りました。そこで入ったところも特殊で、清涼飲料水を作っていました。コンビニにある、カゴメ野菜ジュースや明治イチゴオレのような紙パックジュースです。大手飲料メーカーの紙パックジュースを、国内のシェア90%ぐらい依託をしていて、それの品質管理をしていました。小さい160mlや330mlの紙パックを作る機械が、日本に数台しかないんです。紙パックにもいろいろな種類がありますが、特殊になると、機械があまりなくて。

 知らなかった

 それが、機械だけで何億円するらしく、それを、初期の段階でたまたま熊本JAが導入をしていたおかげで、カゴメさんや大手メーカーさんはペットボトルを作った方が良いので、特殊な紙パックは依託で熊本JAに投げていたという形です。ほとんど国内の紙パックのそういうサイズはシェア持っていたおかげで、仕事をかなり占めている会社で働いていました。

 良くも悪くも安定していますね。

 そうですね。熊本では安定と言われる、ほとんどの人が知っている企業でした。一応、JAなので非営利団体にはなるんです。一応、団体職員という準公務員のような形なのですが、売上が伸びているので、給料がすごく良いということで有名でした。

 良い団体ですね。

 福利厚生も整っていましたし、予定通りのところに就職しました。

いわゆる田舎暮らしで人生に疑問が生まれてしまった

 そこから東京に飛び出してくるんですよね。

 そうですね。新卒で2年間就職したのですが、入ったばかりのときに山梨に転勤になりました。熊本県と山梨県の二大拠点で製造しているんです。理由としては、熊本と山梨の共通点が、土地代が安いことと、水が綺麗なことだからです。熊本も水が有名で、地下水がそのまま飲めるんですが、山梨も、サントリーやコカ・コーラの工場が山梨にあるぐらいで。そのコカ・コーラとサントリーの間に工場があって、長野県寄りの山梨県の、水が綺麗な工場地帯で働いていました。

 すごいですね。

 社員が500人ほどなのですが、熊本に200人、山梨に200人という感じでした。東京と大阪に営業所が一応ありますが、数人いる程度です。

 営業しなくても良いんですね。

 そうですね。既存ですね。
自分は、山梨の方で味見や色素をはかる仕事をしていました。文系出身ですが、理系的なことをしていて、2年間働きました。山梨に住んだことが初めての県外生活だったんです。ずっと熊本で実家暮らしだったので、初めての一人暮らしが始まって、やはり仕事以外の時間が増えました。

あとは、友達がいないんですよね。で、逆に今となっては良かったと思いますが、土日に一人の時間が増えて、考える時間が増えるわけです。会社には熊本の人が多かったので、飲みに連れていってもらったりして、パチンコしたりキャバクラに行ったり、いわゆる一般的な田舎をしていて、その中で、自分の人生に疑問が生まれました。こんな生活をしても良いのかなと。

 良いストーリーを持っていますね。

地元の超優良企業だったから親は大反対!自分もそう思っていた

 そこで、山梨県は一応東京の隣で、面しているんですよね。関東甲信越ですが、往復1時間半で、5000円程で行けるんです。なので、東京に中学時代の友達や先輩がいたこともあって、土日に山梨ですることがないので、社会人一年目の夏ぐらいから、土日は東京に行き出したんです。山梨県でよく分からない飲み会をするよりは、東京に行こうかなということで。

東京で会う地元の友達は、東京の大学に行って東京で働いている友達ですが、その人達と関わる中で、自分の中で刺激を受けました。自分は、安定と言われている企業ですが、東京の都会でビジネスをしている友達や先輩が輝いて見えるんです。それが社会人2年目ぐらいです。

このまま一生この会社で良いのかなという疑問がだんだん出てきたときに、たくさん本を読んだり、ネットで転職について調べたりして、悩んでいました。
その中でも、親は反対なんですよね。

 それはそうですよね。地元の超優良企業に就職して安泰で。

 僕もそう思っていましたし、地元で家を建てて結婚して、熊本の会社なので熊本に帰るという保証はあったので、数年行ったり来たりしても基本的には一生ここで働くのかなという意気込みでいました。

 親としても安心ですよね。

 そうですね。しかも、姉と妹がいますが、長男なんです。それもあって、勝手に自分の中で一生そこだと決めつけていました。

映画をきっかけに、一つの賭けに出てみることに

 悩んでいるときに、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』という映画を知っていますか。レオナルド・ディカプリオが、ウォール街をテーマにした金融マンの映画をしていて、それが、すごくロマンがあって。ストーリーは、ひとりの金融マンがすごくお金持ちになっていって、最終的に脱税をして捕まるという落ちで、実話なのですが、それをたまたま見たときに、ウォール街行きたいと思ったんですよ。

そこで、有休と連休をくっつけて会社を10日間程休んで、ひとりでウォール街に行ったんです。僕はそのとき英語が喋れなくて、海外にも、友達との卒業旅行ぐらいでしか行ったことがなかったんですが、行く前にひとつ決めていたことがありました。自分がしたことのない行動をしてみて、帰ってくるときにそれが楽しいと思えていたのだったら、仕事を辞めて新たな道にいこうと決めていて、もし、少しでもびびって今のままで良いと思う自分がいたら、辞めないで一生会社に勤めようと思っていました。自分の中で勝手な賭けをしていて。

 はかりに行ったんですね。

 そうです。試しで行きました。

行った結果、iPhoneで調べながら、自分で積極的に話しかけながら、道に迷いながらも英語喋られないながらもご飯食べてとか、なんとか過ごすことができて、とりあえずわくわくが止まらないまま10日間が終わったんです。楽しくて、全然知らない世界があったなと感じて、結局帰りの飛行機で辞めようと決めました。帰った次の日に、お土産を持って係長のところに行って、僕今年で辞めますと言いました。

 お土産と辞表がセットなんですね。

海外での生活、転職活動。順調に見えたが
実は身体にはストレスがかかっていた

 そうです。それが2年目の9月ぐらいでしたが、2年目の3月まではちゃんとしますと、早めにきちんと言って、皆にも、いろいろしたいときちんと説明して辞めました。

そのあと、転職活動をしようと思っていましたが、せっかく海外に行ったし、旅がてら海外にもう一度行こうと思って、仕事を辞めて4月から8カ月ぐらい、3月から11月まで、東南アジアを中心に旅をしました。

その間に、フィリピンの英語学校で留学が流行っていたので、語学学校に通ったりしました。その時まで、部活動には打ち込んでいましたが、勉強に打ち込んだことがなかったので、将来必要な勉強に、半年ぐらい打ち込もうかと思って、英語のスパルタに行ったんです。そこで、1日に10時間程勉強しなければいけない環境に行って、それを半年続けました。そこで、今までに会わなかったようないろいろな人と出会って、いろいろな話を聞きました。

その後、3ヵ月ぐらい東南アジアの発展途上国を旅して、旅をしつつ、海外で働こうかと思って転職活動もしていました。日系企業で、現地採用という形です。英語もそれなりに出来たら良いということで、ぺらぺらではなくてもTOEICで600点ぐらいあったら良いということだったので。ベトナムやタイにも面接しに行きました。

向こうって、20代の今の年齢ぐらいの人がすごく欲しいんですよ。なので、結構内定ももらいました。IT系や人材系を受けていたのですが、内定をもらってから一回日本に帰ってきたんです。そこで、一回親とも真剣に話し合いました。でも、途上国なので、身体にストレスがかかっていたみたいで、耳がおかしくなったりしたんです。8カ月程海外にいたことで、身体に、勝手に疲労がかかっていたんです。

 勝手にというか、自然にですよね。

 やはり、ひったくりをされないようにとか、常に気を張っていたんですよね。それがストレスになったみたいで、突発性難聴なる手前までいきました。病院に行ったら、半年遅かったら片耳が聞こえなくなっていたと言われました。そんなことがあって、やはり海外は辞めようと思いました。

日本だったら、東京だなと思って、去年の11月終わりぐらいに転職活動を始めました。正直、自分の中では海外で働く気まんまんだったので、焦って転職活動をしてしまいました。なので、結局受けた日本の企業は3社ぐらいでした。その中で、一番早く採用が進んで、一番早く内定をもらった会社に行きました。あとは、田舎者なので、ちゃんとしたビルで、オフィスもギラギラしていてというのもありました。でも、人も良い印象を受けたので、クリスマスぐらいに内定を承諾して、1月から入社しました。というのが、東京までのストーリーです。

このストーリーを知った上で採用してくれたなら合う会社だ

 これは今回の就職活動の中の面接でも全部話しました。

 それを分かった上で採用してくれたら、合う会社以外ないですよね。

 そうですね。価値観が合わなかったら落ちるので。

JMでは、半年間、人材の法人営業をして、もちろんそこでばりばり30歳ぐらいまではやろうかなという意気込みでは入ったのですが、価値観の違いがあって、企業理念も浸透して、価値観が合う企業と働きたいと思って、今、株式会社トランディアというデジタルマーケティングやウェブの広告代理店をしている会社で働いています。ライバルもたくさんいますが、考え方や人が良いと思っています。最終的には、どんな人と働くかですよね。

あとは、IT業界に詳しくなかったので、IT系に入るのは今しかないと思って、入ってきたという段階です。

 良いタイミングですよね。

 結構ぎりぎりでした。あとは、新卒採用にすごく力を入れていて。大阪がもともとの発信地なので、大阪が本社なんです。なので、新卒は関西の優秀な学生を集めようとしているんです。

 この業界は多いですもんね。新卒採用に力をいれている会社。

 新卒も、ただのリクナビやマイナビではなく、インターンとかの意識高い系を集めたような、高学歴が予想以上に多いです。京都大学、大阪大学、神戸大学とか、関西の有名な大学が多くて、8割ぐらいは関西人という中で働いています。

外部で学びをいただけるような人と関わっていきたいと思った。

 前職にいたときにサロンに入ってもらったじゃないですか。あのときのきっかけは何でしたっけ。

 きっかけは、営業が始めてだったというのと、ベンチャー企業を選んでしまったということで、上司が若いじゃないですか。なので、自分でやらなければいけないとなったときに、外部で学びをいただけるような人と関わっていきたいと思ったことです。

あと、東京に上京した理由として、九州にいると出会えないような人と出会えるだろうし、こういうオンラインサロンもそうですが、講演会とかも九州はあまりないですね。探していないだけかもしれないですが、割合は少ないし、そういうことできる人たちは、東京の方が多いんですよね。というのもあって、東京でビジネスマンとして学びたいと思って上京したので、自分で営業について検索かけていたときに出会ったという感じです。

 なるほど。理想的ですね。

 あと、本を読んでいくなかで、社内だけでなく社外でもそういう場を作るほうが良いということも読んだりしていたので、それもすごく大事だと思っていて、刺激しあえる人と出会いたいと思って入りました。

インサイドセールスは、日本ではこれから来る!

 今後は、どうしていきたいとか、転職をして心境の変化はありますか。

 語学力などの、どこでも通用するスキル、能力をつけなければいけないと思っています。起業したいとか、こういうことがやりたいということは具体的には見えていないですが。この間まで、ウェブマーケティングのリスティング広告の運用の研修をさせていただいたんですが…。

 運用やったんですね。

 運用を完璧にはしていないですが、仕組みの理解をしました。

営業として入ったので、今の配属がインサイドセールスなんです。フィールドセールスとは少し違う感じの。インサイドセールスは、日本ではこれから来ると言われているけど、あまり来ていないみたいな感じらしくて、アメリカで流行っているんです。内勤営業というか、マーチャリングというか、顧客を育てていくという感じですね。今、そのような部にいるので、そこで極めていく道で行けたらとざっくり思っています。

 インサイドセールスはアメリカでは早いですもんね。もともと土地の問題があって、訪問に何日かかるんだの世界ですからね。

 そうです。だから、インサイドセールスって、結構立ちあげられる人がお金をもらっているという話も聞いていて、セールスフォースとかですね。ビズリーチとかもインサイドセールスに力を入れているらしく、これからくるだろうと言われている中で。

会社の中でも3、4人しかいない立ち上げ部隊なんですよ。営業効率を良くしていこうという感じですね。ウェブにもっと浸透させて、一回行ってから契約書を作ってまた行ってというよりも、ウェブで聞けるところまで聞いて、次に提案してという考え方をしていきたいとおもっています。僕もまだよくわかっていないですが。

 極めて、サロン内でセミナーしてください。

 はい、それはありだと思っています。笹田さんも、営業にはマーケティング要素が必要だと言われていますよね。インサイドセールスは、それが、がっつり要るなと思っています。前の会社でも、やはり名前を知っているのに眠っている顧客のデータがあったと思いますが、目の前の売上に必死で疎かにしていたと思うんです。それを、部隊を作って育成していくところに力を入れているので、マーケティング要素もあります。なので、テレアポもしますが、しやすいです。

 前職の対比があるので、より一層感じるのではないですか。

 すごく良いですね。担当者の名前が分かっているのだけで2万件ぐらいあるんです。あとは、マーケティング系なので、セミナーとかに参加するじゃないですか。今日、アドテック東京に参加していて、僕達は自社のツールの宣伝も兼ねて、インサイドセールスのキャッチとして入っているんですが、それでもひとりで100枚ぐらい名刺が集まったりするので、そういうのをデータ化してやっていこうかなと思っています。

 前職のときには、アドが少ないから残ってテレアポをするとかありましたよね。

 そうです。いかに効率が悪かったのかと思います。逆に、あの経験が今活かせていますが。
今はそこをとりあえず極めていって、将来的には、ひとつの企業の仕事だけじゃなくて、外部からも必要とされるような、プロジェクトごとに仕事をする感じが理想です。立ち上げとして入って、軌道に乗ったら去るみたいな。

 インサイドセールスの構築のコンサルだったら全然ありえますよね。

 ありえると思っています。その方で攻めていければとぼんやり描いています。

 もともとカスタマーサポートの舞台構築は、アウトソーシングでやっていたり、コンサルがいて立ち上げたというのはよくありましたよね。今は、カスタマーサポートが遅れになっていて、困った問い合わせに対応するのではなく、困る前に対応するというカスタマーサクセスに移行しているじゃないですか。

結局そこって、メンバーや社員のモチベーションの取り方が変わってきていたりとか、意識変革が全部必要だったりとか、そもそもきたものに対応するのではなく、こちらから能動的に対応するという方向にどんどん変わるはずなんですよね。

それを既に持っているところは持っているし、持っていないところは数人でプロジェクトとしてつくっていきますというのは、今後必須で顧客サポートをちゃんとやろうという会社はやるべき、やらなければいけないので。

 デジタル化できないところは厳しいのではないかと思うので。なので、たまたま良いところに配属になったので、しっかり勉強して、3年後、5年後にしっかりひとりでやれるようになれば良いと思っています。

 年内、インサイドセ-ルス講座をすることを目標でお願いします。

前職が良い経験に繋がっている

 マーケティングは良く分かっていませんでしたが、マーケティングがすごく面白いです。

 良いですね。タカさんが強いのは、マーケティングの頭でっかちの発想ではなく、営業の現場を知ったうえで、マーケティングの発想を取り入れようと思っているから、楽しいんですよね。

 そうですね。いかに効率が悪かったかと思います。

 マーケティングを放っていたら、数字をいじるだけでつまらないですが、現場を知っている人がやると、すごく楽しいというのが、まさにあるべき姿ですね。

どこかのマーケターの人が、結局現場で売れない人がウェブで売れるわけがないという記事を書いているんです。現場を知っているからマーケティングの仕組みが作れられるんですよね。前職が良い経験に繋がっているなと思いました。

 そう思うしかないですが、良かったと思います。

 繋がっていますもんね。

 しかも、ウェブ営業と違うのも、人材は結構簡単じゃないですか。紹介しますよ、いくらで、みたいな。

 やりましょう、やりますで終わりますもんね。

 ウェブにはいろいろあるし、金額体系もいろいろあるので、いろいろな営業があるなと思います。

 数カ月前の病んでいるタカさんからこんなに元気な言葉が聞けると思っていなかったので良かったです。

 良かったです。自分の甘さもありましたが、環境も大事だと思いました。

サロンメンバーにメッセージ

 最後にサロンメンバーにひとことメッセージをお願いします

 一緒に、営業を極めて、日本を元気に出来るようなビジネスマンになりましょう。

 最後が一番トーン低かったですけど、大丈夫ですか。

 何を言えば良いだろうって。でも、休みの日にオンラインサロンに自分のお金を使って、学ぼうとする姿勢だけでも、良いなと思っています。そういうメンバーと触れ合えるだけでも嬉しいので、これからもよろしくお願いします。

 持ってきましたね。さすが。ありがとうございます。

インタビューを終えて

今回インタビューしたタカさんはFACEBOOKを中心に活動しているオンラインサロン「営業4.0実践ゼミ」のメンバーです。

サロン「営業4.0実践ゼミ」に参加したメンバーは、質問したり、交流会を開いたり、達成目標をシェアし合ったりと積極的に活動しています。受け身ではなく、実践してこそのサロンです。

また、営業は10人いれば10人の営業ノウハウがあります。
他社・他業種の営業実態を知る機会はめったにありません!これは「営業4.0実践ゼミ」ならではの醍醐味です!

営業の悩みを抱えているなら「営業4.0実践ゼミ」に参加しませんか?

LINE登録はこちら
LINEで営業ノウハウを学ぼう
LINE登録はこちら
LINEで営業ノウハウを学ぼう